また、震災直後に周りによくあったのは
「ボランティアしに行ったらドブ掃除をさせられた」
「思ってたより普通でがっかりした」
「もっと何か凄い支援が出来ると思ったのに」
「せっかくバスにのって腰が痛い思いをしてツアーに行ったのに
どぶ掃除かよwwwww地味な作業だなぁ」
「うちにあるいらないもの送ったら「使えないからいらない」って言われた
確かにボロかったけどせっかく送ったのに」
という実際にあった会話
若者じゃない、4~50代のおっさん達でもこういう事いうんだな
被災地をなんだと思ってんだろうな戦争したんじゃねぇんだぞ
自衛隊みたいな人命救助が出来るヒーローにでもなれると思ったのか
そこに住んでいる人たちはついこないだまで自分たちと同じように暮らしてただけの人たちなのに
震災にあった人たちはずっと「可哀想」であってほしいのか
と、その時は正直憤った
そういうのは「心配していたより酷くなくて安心した」とか
そういう言葉が出てくるもんじゃないのか と
何だか今までは矛先が「アフリカの恵まれない子供たち」なんかに向いていた「可哀そうな誰かを支援したい」っていうベクトルが
「今までにない津波被害や震災地域」という状況が身近にできたことで
都合のいい「可哀そうな誰かを気軽に“支援して”やってる」
「感謝しろ」といういかにも上から目線に酔ってるような気がして
一時期吐き気もした
今はもう気にしても仕方ないことだと半ばあきらめたが
— 震災から2年の間で身近にあった話をしようと思う (via katoyuu)
(petapetaから)




